今の任天堂はたったひとりの風邪から始まった。「横井軍平ゲーム館」

今の任天堂はたったひとりの風邪から始まった。「横井軍平ゲーム館」

ゲーム&ウォッチ、ゲームボーイの生みの親で有名な横井軍平さんのインタビュー本「横井軍平ゲーム館」はものづくりに関わる人が読むべき心得とエピソードが満載でした。

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枯れた技術の水平思考とは

横井軍平さんは言わずと知れた任天堂最強のクリエイター。56歳の若さで亡くなるまで、数々のヒット作を生み出した天才です。彼の思想のひとつである「枯れた技術の水平思考」は、知られた技術、しょぼい技術もアイデア次第で新しいものにできるという考え方です。

たとえば太陽電池をセンサーにして光線銃を作ったり、電卓にしか使い道がなかった液晶をゲーム画面に使ったりといったことです。

彼が入社した頃の任天堂はトランプや花札を売る小さな会社で、低予算かつ短期間でものづくりをしなければいけない状況だったため、彼がそういう思想に至ったのは自然なことかもしれませんが、もともとものづくりが大好きかつ得意な方だったので、思想を真似たところで彼のようになれるわけではありません。

ただこの思想は、ただの不勉強で大した技術を持ちあわせていないクリエイターの心のよりどころになっていて、ぼくもその中の一人です。

風邪から生まれたゲーム&ウォッチ

この本では彼がそれぞれの商品について解説をしているのですが、その中でもゲーム&ウォッチの誕生エピソードが面白かったので引用します。

私は昔から車が好きで、当時中古車の左ハンドルの会社に乗っていたんです。で、社長は社用車としてキャデラックに乗っていたんですね。ところがある日、専属の運転手が風邪か何かで休んでしまった。社長は、大阪のプラザホテルで会合があるのだけど、左ハンドルを運転できる人間が私以外にいなかった。で、人事部長が私のところにきて、「悪いけど一日運転手をやってくれないか」と言うわけです。

当時、私は開発課長で、やっぱりプライドがあるでしょ。私は運転手なんかじゃないんだというね。で、社長を乗せているときに、何か仕事の話をしなければというわけで、新幹線の中での退屈しのぎの話をしたんですね。「小さな電卓のようなゲーム機を作ったら面白いと思うんですけど」と。「今までの玩具というのは、『大きくして高く売ろう』という発想だけど、電卓のような薄くて小さいゲームだったら、我々のようなサラリーマンでもゲームをしていても周りにばれないじゃないですか」と。ま、社長はフンフンと聞いていましたけど、さほど気にしている様子でもなかった。

ところが、会合の先で、たまたま社長の隣にシャープの佐伯〈旭〉社長が座ったらしいんですね。そこで、シャープは電卓世界一ですから、私の言った電卓サイズのゲーム機という話をしたらしいんです。そしたら、一週間ほどして、突然シャープのトップクラスの偉いさんが任天堂にばーっとやってきた。私はなんのことやらわからなかったんです。そしたら社長が「君が言った電卓サイズのゲーム機ならシャープが得意だから呼んだんだ」と。それから急に実現化していったんです。

第3章 ゲーム&ウォッチの発明 1980-1983 から引用

こうして生まれたゲーム&ウォッチは日本のみならず世界で大ヒットし、任天堂に莫大な資金を生み、そしてその資金はファミコンの開発に存分に生かされ、みんなが知っている任天堂になっていくのですが、そのきっかけが運転手さんの風邪だったとは知りませんでした。もちろん、横井さんのアイデアに勝機を見出す山内社長のセンスあってこそですが、もしこの出来事がなかったら、いまのゲームはどうなっていたでしょうね。

横井さんが大人にゲームを解放した

上記のエピソードに「我々のようなサラリーマンでもゲームをしていても周りにばれないじゃないですか」とあるように、ゲーム&ウォッチが生まれる以前は、ゲームなんて大人がするものではないというのが常識だったようです。外でひまつぶしをしたいけれど大人がゲームをするなんて恥ずかしい、そういう時代に作られたのがゲーム&ウォッチなのです。金属プレートをあしらった高級なデザインはそういうところからきているんですね。

その後、2画面のドンキーコングが出る頃にはゲーム&ウォッチはすっかり市民権を得て、子供から大人まで堂々と遊ぶおもちゃになっていました。十字キーという革命的な発明もそのときに生まれるのですが、そんな数々の偉大なるエピソードを、横井さんが大したことでもないように飄々と語っているのがこの本です。なんだ神か、ですよ。

一時は8万円の値がついたプレミア本

この本には上記のようなエピソードが満載で、しかも後半では彼のものづくりや仕事に対する姿勢が本人の言葉で綴られているため、ゲームファンのみならず、ものづくりに関わる人の間で話題になり、再販の要望が絶えず、市場では8万円で売買されるほどプレミア化していたようです。いまは文庫版も出ていますので、興味を持たれた方はぜひご一読ください。語り口がユーモラスなのでサクッと読めますよ。

ちなみに自分は吉祥寺の「百年」という古本屋で偶然見つけて手に入れました。木の幹に緑の葉のスタンプを押していくスタンプカードがかわいいです。こちらもオススメ。

以前書いた「任天堂がアメリカで成功した理由」もよろしければどうぞ。